今年の12月事情・・。(健康管理を実施する・・。)

30代40代と12月になれば、忘年会が目白押しだった・・。お付き合いが多く、多方面に首を突っ込んでいたので、この時期になると多くの忘年会に出席していた・・。

しかし、50代になって忘年会も極力出ないようにしている・・。“お誘い”は有るんだが、身近なお世話になった所に行くだけでお断りしている。若い時ならいざ知らず、50歳も半ばになって脂ぎっても体調を崩すだけである・・。
景気の先行きも不透明で年末選挙の末期症状の日本!ダラダラと「忘年会」をしている暇は無く、来る厳しい来年に備える事が肝要ではなかろうか?

肥後熊本紀行・・。(どぎゃんしたとね・・!)

熊本に行ってきた・・。大きなアーケードは新市街である・・。

表現はいろいろ有るとして、我々、福岡県民と違うのは、より“九州人”らしいという事かもしれない・・。「肥後もっこす」に代表されるように頑固で取り付きにくいというイメージが有るほどだ・・。
しかし、一度、仲良くなれば、怒られるほど良くしてくれる・・。表題のように、「どぎゃん!」とか、
「がん!」とか“力を込める”部分になると独特の「熊本弁」が出てくる・・。私が知っている方々はその殆どが、お酒に強い!その辺も“九州人”らしいお国柄かもしれない・・。

結構寒い今年の12月・・。

土曜日は久留米でも初雪を観測したらしい・・。遠くの佐賀県の脊振山系も冠雪を確認できた・・。
週末は少し気温が上がるらしいが、水曜日位までは、寒気の影響で寒さが続きそうだ。
この関係で山沿いの道路では規制が有るらしく、充分気を付けて行きたいものだ・・。
しかし、この時期に道路の規制が出ること自体、早い今年の“冬事情”になっている・・。この先、“吉”とでるか?

12月8日という日・・。

北朝鮮のミサイルが発射されそうな昨今だが、昭和16年12月8日は日本海軍がアメリカ太平洋艦隊の基地、ハワイ・オアフ島に攻撃を敢行した日である・・。

世界中が騒然としていた時代、双方の思惑や駆け引きなどを経ての開戦となった訳だが、近年の研究ではアメリカ側が戦争に参戦するために、日本側に業と奇襲をさせたような形をしたというようなことも、誠しなやかに噂されているようだ・・。しかし、そんなことよりも、明治維新が成って、ここまでの短い期間でよくもここまで大きな“海軍力”を持つようになった・・。

江戸幕府が幕末に開いた海軍養成所からイギリス式海軍力を吸収して、日清・日露戦争を知略で勝ち取り、備えてきた“海軍力”である・・。始めて実戦で大きく使われた「航空戦力」での攻撃は素晴らしく、この攻撃だけを見れば「日本海軍」の誉れである・・。

その後の戦いは、作戦の遂行が「軍令部」との間でズレていき、思うような戦果が得られなくなるのは、歴史が証明している・・。アメリカは直ぐ、太平洋艦隊の司令長官を更迭し、序列じゃない若手の気鋭「チェスター・ニミッツ」を着任させて立て直しをする。さて、日本海軍はその後のミッドウェイの敗北を分析もせず指揮官や長官の移動も大きくは無い人事で体制を維持して衰退していく・・。

12月8日は、そうゆう意味で「偉大な日」ではないだろうか・・。今の日本はミサイルが飛んできても、領海を侵犯されても、こちらから動くことも出来ない“自衛隊”を持っているだけだ。その能力から“軍隊”と呼べない絡みが今の日本を象徴している・・。先の歴史のように間違えた決断で衰退しないように祈るだけだ・・。

イージス艦「こんごう」である・・。随分、前に見に行った・・。

今年の“大ヒット”「久留米かすりストール」・・!

以前も紹介したが、「久留米かすりストール」である・・。
昨年から販売しているが、今年の“売れ方”は尋常ではない・・(>_<)。
全く、生産が追いついていないのだ・・。昨年までは価格も2種類有ったが今年から統一で、4000円の単価で販売している。“糸使い”も“織り方”も“優しい肌触り”専用で作っているし、糸が解れないように“ふさ”の部分も一つ一つ手括りで仕上げている・・。

これだけ手が込んだ商品にも係わらず、4000円でのご提供は「破格」と言えよう・・。
発売以来、一年を通じて売れており生産が追いつかない状況でご迷惑をお掛けしておりますが、ご注文のお客様は今暫くお待ちくださいませ・・。

他社さんも、いろんなストールを販売してきたが、「手括り」に拘った「久留米かすりストール」でこの単価でのご提供・・これからも売れ続けるであろう・・。

“藍”を極める・・。(日本人の色彩を愛でる感覚に感心する。)

「久留米かすり」を染めるのに使う染料に「藍」が有ります。もちろん!「久留米かすり藍暦」の「藍」も
季節の中で「久留米かすり」を楽しんで頂くために付けた名前です・・。

その「藍」ですが、何種類か有るのは知っていたが、それぞれにちゃんとした“名前”が有り、日本古来の色として存在している。もちろん!その他の赤系、黄色系、緑系なども数種類有るようだ・・。日本の織物の奥は深いし、未だに復活していない「色」も有るという・・。

そんな「藍色」の種類を紹介してみようと思う・・。

濃い順に「花浅葱(はなあさぎ)」、「縹色(はなだいろ)」、「藍色(あいいろ)」、「新橋色(しんばしいろ)」、「瑠璃色(るりいろ)」、「浅葱色(あさぎいろ)」、「瓶覗(かめのぞき)」・・と続く。

一番薄い、「瓶覗(かめのぞき)」などは、藍で最も薄い色で一説には藍瓶に張られた水に空が映り、
それを覗き見た色という・・。
珍しい名前の「新橋色(しんばしいろ)」とは、比較的新しく明治末期、新橋の芸者が好んで着た色からきているらしい・・。

織物の色ひとつを取っても、日本人の感性の豊かさと繊細さを見てとれる。そのひとつひとつに「名前」があり、「物語」が付いてくる・・。当時の人達の“思い”が伝わってくる・・。

今年の12月事情・・。(身も心も寒?い年の瀬到来ですか?)

今朝の気温は4℃・・(>_<)。これから寒波の影響で、さほど気温が上がらない予報で週末には九州北部でも“雪”が降るらしい・・(>_<)。なんとも憎らしい天気ではないか・・。
12月といえば新作の商品も無く、そろそろ来るであろう「バーゲン」の季節でもある・・。誰が好き好んで売れている商品を安くしたいものか?特に我々が発信している「低価格帯商品」ではそれが謙虚である。
メーカーだって馬鹿じゃないから、殆どの所が来年の新作にシフトしているだろう・・。長?い寒さの影響で今年の12月は「バーゲン商品なんか無い!」と言いたいね・・。

でも、まんざら、言えなくもない・・。この時期、ご丁寧に「ショップ」だけの「バーゲン」ならまだしも、「工場解放」とか「ファミリーセール」とか・・の手を変え、表現を変えての処分が多い事・・(-_-)。近くの取引先や自社店舗への影響などは考えないのだろうか・・?「お付き合いでの納入業者も毎回大変だろうに・・(>_<)。」 弊社ではブランド確立以来、自社内でのバーゲン販売を行っていない。というか、「売れない商品を作っていない!」ため、計画する必要がないのだ。

メーカーとしての責任と自覚は、ときには大変だけど、全ては「藍暦」をご愛顧頂いているお客様の為に、今後も頑張っていくつもりです・・。

体調が狂う、12月の天気と気温差・・。

今朝の気温は、8℃・・暖かい。昨夜の雨が原因なのか?は解らないが、この気温の上下が、この時期、“体調”を狂わせる原因になっているのだろう。
先週は、出て行くことが多かったため、少し体調を崩していた・・。経費節減として門司から久留米まで快速電車に乗ってきたのが、良くなかったみたいだ。二時間の移動時間の車内は多くの人の出入りだったし、歩き疲れて体力が落ちていたところをやられたのかもしれない。

今年は例年になく「インフルエンザ」の予防接種を11月にしている。これから向かえる1月?2月が、弊社にとってどれほど大事な時期かは、誰もが知っている・・。社長として先頭に立って頑張るつもりである!

まぁ、体調が悪いといっても、「咳と痰」が絡むだけで熱は無く、食欲は旺盛だから程なく平常に戻るだろうが・・皆様も気温の変化が大きい季節、無理もする季節・・12月は、充分気を付けてお過ごしくださいませ・・。

“師走”に入りました・・。(結構、好きな月かも・・!)

12月に入りました。生憎、最初の日曜日は冷たい雨模様だったが、全国的には寒く気温は下がっているようだった・・。先月の終わりには、県内を移動し情勢を見学してきたが、頑張っておられる人達に逆に“元気”を頂いた!

先日もお知らせしてきたが、早くからの寒さの影響で「久留米綿入り手作りぬくぬく袢天」の需要が追いつかず先様にはご迷惑をお掛けしています。
これからが“寒さの本番”ということで、シッカリと対応していくつもりです。
季節的には好きな「マラソン」や、特番が充実する時期なので楽しみだが、街の雰囲気もガラリと変わり、人々の活気も増してくるこの時期・・今年も乗り遅れないように最後まで充実した日々を過ごしていたいと思っています・・。

小倉初冬祇園旅情・・。(北九州市に行く。)

「♪小倉?生まれで、玄海育ち?♪、」と聞こえてきそうな北九州市小倉駅の有名な“小倉祇園太鼓”のレリーフである・・。

昨日は久しぶりに小倉と門司に行ってきた・・。お世話になっているお客様に、突然の訪問をしてくる・・。これからの戦略や、方向性など勉強になった一日だった・・。
北九州といえば、最近は暴力団絡みの話題が多いが、明治以後、近代化の波がいち早く押し寄せた歴史ある所である。今はエコな街づくりで、東北の被災地の瓦礫を九州では一番に受け入れたり、近代的な街作りにも積極的である・・。

しかし、場所柄、「怖いイメージ」が有る。昔、筑豊・北九州を回っていた時も、早口でいつも怒られているような錯覚でいた記憶がある。反面、「義理と人情」には熱い人達が多いことも納得である・・。

豊前15万石の小笠原藩の居城、「小倉城」である・・。最近、本丸御殿が出来たころ、一度入ったことがある。その時は隣接する、同市が生んだ「松本清張記念館」に行って「点と線」の謎解きを拝見した。

有名な「常盤橋」を見てくる・・。いろんな有名人が江戸時代通行した「長崎街道」の起点である・・。

将軍に拝謁する為に、“象”も長崎から来て渡ったそうだ。「シーボルト」の銅版画にも書いているらしい・・。

今度、来る時はゆっくりと回ってみたい、そんな小倉近辺でした。
この後、門司経由にて新幹線を使わずに久留米まで帰ってきた・・。

我が街は、「久留米藩21万石」・・。同じ福岡県といえど、異なる文化の違いに楽しさを覚えた一日となった・・。