師走の日曜日。(いろんな事をクリアして・・。)

昨日はいろんな事をクリアしておりました。普段が何もしていなくて「嫁」任せだから尚更だよね・・。
朝の段階では走る気満々だったんだけど、嫁の「父の命日」ということで私的な事は止めた・・。

まずは愛車「アウディ」のスタート時に起こる“異音”を解決する為、ディーラーに持っていき点検をしてもらう。原因はパワーステアリングのオイルが少ない為だった。漏れている様子も無く車検時の単なる手抜きと思われる・・(??〆)。
オイルを継ぎ足すと解決した・・。次は車庫の掃除とバイクの清掃後、嫁の実家に行き、“お参り”をして食材の買い物・・と一日仕事だったけど、
充実した師走の日曜となる。

一気に「冬」の気候・・。(シベリア寒気団の南下。)

昨日から温度が上がらない・・。今朝も冷えて3℃だった・・。
注文が増えるのはありがたいことだが、在庫は定番の商品に欠品が出ている現状である。
拘った生産をしているから、このような状況になったら、出来あがりが少なくオーダーが溜まってしまう・・。特に年末になれば通常と違った時期であり、多くを望めなくなる・・。
今年は雰囲気といい、状況といい、少し寒くて変化がある“年の瀬”である。

更なる「久留米かすり藍暦」と「久留米ぬくぬく綿入り袢天」を目指して・・。

寒い朝を向かえたが・・結構、やる事は多い時期に差し掛かってきた。
もちろん!営業的にも頑張っているんだが、来年の展示会に向けて準備や段取りなどは、平行して進んでいるためこれからが実質的な“動き”が出てくるという意味である。

今回、再び「脚光」を浴びている「久留米手作り綿入れ袢天」ではあるが、常時、作っているが商品は足りないし、「量販店」分はこれからもデリバリーが続くので、予断を許さない状況は続く・・。
「久留米かすり藍暦」の方も在庫が無いように“生産”し、“販売”しているのでこちらも心配はしていないが、これからの「展示会」に向けての実質的な動きの方が心配である・・。お客様に「満足」して頂くには・・?終わりが無い「久留米かすり」を使った“挑戦”は続いていくだろう。

再度「寒波」南下の兆し・・。(本格的な“冬”到来。)

今週末も“寒波”がやってくるようだ・・。
一日ずつ寒い日が多くなってきているようだ・・。最近まで暖かい日が続いていたと思ったら、急に「冬」がやってきた。

前回もお伝えしたが、被災地への支援ということで弊社の「久留米手作りぬくぬく袢天」をお送りした・・。今年は節電や災害の影響でクリーンな昔ながらの生活雑貨であったり、習慣などが見直されている・・。そりゃ、何百年続いてきた物が最近の「原子力」に負ける訳がない!しかも「自然」に優しいときている。
どちらがいいか?皆さんは分かって頂いていると思う・・。

今宵は「忠臣蔵」で飲もう・・。(忠義を貫いた男達の思いが泣かせる。)

元禄15年(1702)12月14日の深夜、江戸本所(現・墨田区)の吉良邸において赤穂浪士47人による“討ち入り”が行われた・・。
いわゆる「忠臣蔵」である・・。

様々な男達のドラマが決行日まで続き、少しづつ離脱する浪士の過程や決行に至るまでの物語は深い・・。
TVではいつも特番や映画がこの日に放送されるので、今宵は楽しみである。この日を境に、Xmsを素通りして一気に年末に向かっていくが、慌ただしさが加速するまでのひとときを「忠義を貫いた男達」の思いで過ごしたい・・(泣)。

12月恒例のTV放映の楽しみ・・。(年末年始は映画三昧・・。)

今頃になると、TVで映画の特集やドキュメンタリーが結構多く放映される・・。
それを録画して、正月休みに見ることが最近の年末年始、恒例の過ごし方になってきた。特に「BS」は、名作が多くこれから録画回数が増えることだろう・・。
もう、今の「歌手の歌」や「バラエティー」は見る気もしないし、内容も
いつも同じで面白くも何ともない・・。
今年はどんな番組が出てくるか?今から楽しみである・・。

被災地岩手県の仮設住宅へ「久留米手作りぬくぬく袢天」の提供。

大阪パルコープさんの企画で被災地を元気にしよう!ということで選ばれた弊社の「久留米手作りぬくぬく袢天」ですが、先月の末に被災地に向けて発送したのはお伝えした・・。先日、その後の報告を頂いた・・。

被災地の一人一人に配られた「袢天」は、皆さんに喜ばれ感謝されたということだ!今から寒い冬が本格的になる中、喜んで頂けたようで我々も嬉しいし励みになります・・。どうぞ、被災地の皆様は暖かくお過ごしくださいませ。

今後も皆様に喜ばれる商品作りをしていきます。「久留米手作りぬくぬく袢天」と「久留米かすり藍暦」共々、宜しくお願い致します。

12月8日に思うこと・・。

今日は太平洋戦争が始まった日である・・。
日本にそう仕向けたのは、どこだろうか?経済封鎖や、資源の輸出規制など追い詰めた側の責任はどうなのだろうか?
業とそう仕向けたアメリカ側の思惑に乗ってしまった、当時の日本であったろうが、未だに我慢が続いているようだ・・。

慈照寺銀閣・・。

室町時代の足利義政が作ったとされる・・いわゆる別邸である・・。金閣寺のように煌びやかでは無いところが大好きだ・・。
奥の山も建物から見た庭の一部に溶け込んで所謂、“借景”を作っている。
夜になると、“月”の季節の出具合と位置までも計算されて池に写し出される景色とも楽しめるらしい。
そんなところまで分かっての建物作りに昔の人の「知恵」と「努力」を感じる。
ただ見るんではなくて裏に潜む“内容”を理解すると、より楽しくなるのは何の場合も一緒だよね!もういい歳に成ってきたのでゆっくりとお寺回りでもしたいなぁ・・(^.^)。